東京都品川区の御殿山地区は、かつて大手電機メーカー「ソニー」の根拠地だった。「ソニー村」とも呼ばれたが、それも今は昔。ソニーの衰退に合わせるように、村が消えつつある。
 御殿山地区にある「NSビル」。「SONY」のロゴが取り外され、人の出入りがなくなった地上9階地下1階の建物に、5日、解体工事開始を知らせる標識がつけられた。
 ビルは1990年に完成。かつて、ソニーの本社が置かれていた。今年4月、北隣のビルと一緒に161億円で売却された。解体は今月19日に始まり、来年9月末までに更地になる。ソニーの元幹部は「仕方ないと思うが寂しい」。
 ソニー村は、ソニーの「創業の地」でもある。創業者の故井深大氏らが、創業翌年の47年1月、この地に本社を移した。
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 ソニーはここを中心に、携帯ラジオやトリニトロン方式テレビなどのヒット商品を生み出した。79年に発売したウォークマンは、音楽を外に持ち出す生活スタイルを創造し、ソニーは世界が憧れるブランドに。新しいものに挑戦し続ける「ソニー精神」が宿る場所でもあった。

  急成長に伴ってビルや工場が増え、一時6千人以上が働いた。御殿山とJR五反田駅東口を結ぶ都道は「ソニー通り」とも呼ばれて親しまれてきた。通り沿い で、親子3代にわたる写真館を営む伊与田正志さん(81)は「五反田駅からソニーに向かう社員で通りがいっぱいで、店の前を朝、掃除するのも大変だった」 と懐かしむ。

 だが、村はソニーの勢いに合わせるように、衰退の道をたどっていく。

 転機は07年、再開発が進むJR品 川駅港南口(港区)への本社移転だ。ハワード・ストリンガー会長(当時)が、「組織活性化を目指す」として、移転を推し進めた。さらに08年秋のリーマ ン・ショック以降、ソニーは赤字基調が続く。穴埋めのため資産売却を迫られ、次々とビルと土地が売られていった。かつて10棟以上あったビルや建物は、い ま、研修施設や歴史資料館などわずかになった。ソニーの現幹部は「昔は良かったと振り返っている余裕は今のソニーにはない」。

 消えゆくソニー村。しかし、その傍らでは、いまも「ソニー精神」が引き継がれている。

 指の静脈を読みとり、鍵やパスワードの代わりにできる認証技術を売り物にする「モフィリア」。元ソニー社員2人が10年12月、五反田でつくった小さな会社だ。いま国内外で日立製作所や富士通などと競う。

  自分たちの技術がソニーの中では生かせないと思い独立したが、「『自由闊達(かったつ)』や『規模の大を追わず』など、井深氏が設立趣意書に書いたソニー 精神は大事にしていきたい」と天貝佐登史社長は話す。「村」の近くで起業したのは、ソニーへの感謝や愛着が変わらないためだ。

 先進の技術と、愛らしい外見でかつて人気を博したソニーの愛玩ロボット「アイボ」。そこから受け継いだ人工知能の技術を生かして、新しい領域に挑む元ソニー社員の企業もある。御殿山と接する港区高輪で、13年4月に設立された「インフォメティス」だ。

 売っているのは、自宅の家電などで消費する電気を家の「脈拍」として捉え、家電の健康状態をはかるだけでなく、中で暮らす人の見守りなどにも使える技術だ。分電盤にセンサーを一つ取り付けるだけでいいという。

  只野太郎社長は、他社にまねされたとしても、新しいことに挑戦しつづける「モルモット精神」に憧れてソニーに入社した。結果的にはソニーの中で技術を実用 化できなかったが、「技術は世界一だと胸を張れる。それがソニーで生まれたものであることを誇りに思う」。いつの日か、自らが成功し、ソニーと手を組めた らと思っている。