二転三転した交渉劇の末、ついにシャープ買収を実現した鴻海(ホンハイ)精密工業は、シャープの技術とブランド力をてこに世界市場での躍進をめざす。
しかし、野望実現のカギとなる「有機エレクトロ・ルミネッセンス(EL)」市場は韓国勢の牙城。最大の顧客と期待する米アップルへの製品供給にはジャパンディスプレイ(JDI)も立ちはだかる。鴻海にとって、シャープ買収は多難な国際展開への賭けでもある。
鴻海は最終合意でシャープへの支援額を1000億円減らしたものの、有機EL向けの投資額2000億円は据え置き、有機ELに注力する姿勢を鮮明にした。

有機ELは液晶に比べて薄く、輝度が高いため、スマートフォン(スマホ)や車載向けディスプレー、薄型テレビなど幅広い分野での成長が期待されている。とりわけ注目されているのが世界のスマホシェアの15―20%を占める米アップルの動向だ。



アップルは「iPhone」に有機ELを採用する計画を打ち出しており、鴻海・シャープ連合はこのサプライチェーンに食い込み、成長市場のパイを確実に手に入れる、という青写真を描く。

しかし、この思惑どおりに、鴻海の狙いは実現するのか。業界内には、鴻海とシャープが直面するリスクを指摘する声が少なくない。

現在、有機EL市場は韓国サムスン電子傘下サムスン・ディスプレーとLGディスプレーがすでに量産体制を確立し、世界の市場シェアの大半を占めている。

これに対し、鴻海・シャープ連合がめざすのは2018年の量産開始だ。まだ試作ラインすら立ち上がっていない同連合が、大きく先行する韓国勢を切り崩すのは容易ではない。

「3番手ではアップルの需給の調整弁になりかねない」──。液晶パネル業界に詳しいある関係者はこう危惧する。

さらに、ここにジャパンディスプレイも同様に量産体制を確立し、市場参入を進めている。仮に受注できたとしても、競争激化で価格低下圧力が強まれば、投資を回収できないリスクも出てくる。

ベテランの電機アナリスト、若林秀樹氏はサムスンがはるか先を走っていると指摘した上で「JDIもシャープも鴻海も厳しい」との見方を示す。

と りわけ懸念されるのは、2018年まで量産できないという「空白」期間の悪影響だ。台湾にあるコンサルティング会社、Yuanta Investment ConsultingのVincent Chen氏は、鴻海とシャープが足踏みをしている間に中国の液晶パネルメーカーが台頭してくる可能性を指摘する。

また、大和証券の台湾現地法人のアナリスト、Kylie Huang氏は、鴻海連合にとってサムスンなどに競合できる段階に達するには2年以上が必要だという見方だ。「2年は難しい。3年なら可能性があり、4年あればまず大丈夫だろう」。

鴻 海の財務力についても、不安を指摘する声がある。同グループの資金力を持ってすればシャープ買収後も財務の余力は十分だが、買収後のビジネスリスクを考え ると今の格付けが上がる可能性は少ない、と台湾の格付け会社、Taiwan RatingsのRaymond Hsu氏は言う。

スマホ端末でサムスンと激しく争うアップルとしては、サムスンへの依存はなるべく減らしたいというのが本音といわれる。若林氏はアップルについて「調達先を3社にしたいだろう」との見方を示したうえで、アップルが技術支援に乗り出すのではないかと予想している。

シャープの経営権を手にし、有機ELに新たな成長を探る鴻海の動きは、業界地図を塗り替えることができるのか──。寄りかかろうとしているアップル自体の成長神話に陰りが見える中で、先行きの不安はぬぐえていない。