アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)は、1年で最も重要な製品発表イベントを控え、映像配信端末「アップルTV」の刷新になおこだわっている。アップルTVは2017年の映像配信端末市場で5%のシェアを確保する見通しで、決して失敗作ではない。だが、18%で首位に立つ米ロクや米アマゾン・ドット・コムの「ファイアTV」、米グーグルの「クロームキャスト」にリードを許している。

しかも、クック氏がデジタルTVの分野でどんなに成果を上げても、音楽配信サービス「iTunes」を使ってデジタル楽曲を合法的にダウンロードするという、利用者に有利なビジネスモデルに音楽ソフト各社を囲い込んだ故スティーブ・ジョブズ前CEOの手腕にはかなわない。

 米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は8月29日、アップルは新型アップルTVを発表する準備を進めているものの、高解像度でシェア奪回の切り札になり得る4Kコンテンツの価格を巡って米映画制作大手との交渉が難航していると報じた。

 WSJによると、アップルは4K映画のダウンロード料金を20ドルにしたい考えだが、映画制作各社はさらに5~10ドル引き上げるよう求めている。この情報の出所は不明だが、アップルの新製品発表会が迫るなかで同社に価格引き上げ圧力がかかれば、映画制作各社は得をする。

 さらに、米オンラインメディアのレコードは、クック氏が6月の開発者会議でアマゾンの映像配信サービス「プライム・ビデオ」のアプリをアップルTVに導入する計画を発表したが、今回のイベントには間に合わないとの匿名情報を報じた。

 十数年前のアップルと音楽ソフト各社との交渉の背景には、今の米映画制作各社とは大きく異なる事情があった。音楽ソフト各社は当時、米ナップスターのような端末同士のファイル共有プログラムに悩まされていた。各社はこうしたサービスに流れた消費者を取り込み、デジタル楽曲を売る手段を必要としていた。そこでジョブズ氏は「iTunes」がこの問題を解決し、携帯音楽プレーヤー「iPod」の需要を促すチャンスになると考えた。

 映画やテレビの制作各社は現在、こうした脅威にさらされていない。代わりに、アマゾンに加え、ネットフリックスやフールー、ディズニー、さらにはオンデマンドの動画配信に軸足を移しつつあるケーブル大手など、ストリーミング動画の配信を手がける資金豊富なメディアがひしめいている。アップルはその全てに対応する手段としてアップルTV向けのアップストアを導入し、優れたテクノロジーを武器にアップルTVの販売台数を増やす作戦に打って出ている。

 アップルTVは常に期待外れに終わってきた。ジョブズ氏は晩年、革新的なアップルTVの開発構想を「ついに解明した」と伝記作家に告げた。ジョブズ氏の思い違いだったのか、アイデアが商品化に至らなかったのか、あるいは他の誰かも同じアイデアを思いついたのかは知るよしもない。

 代わりに、アップルTVはアップルの売上高の3分の2を占めるスマートフォン「iPhone」の周辺機器に甘んじている。9月のイベントは「iPhone8」などの機能刷新や人工知能(AI)スピーカー「ホームポッド」のような新製品に大きな期待が寄せられているが、アップルTVがこれまで匂わせてきたポテンシャルについに見合うストリーミング映像配信製品を発表するチャンスでもある。

 アップルTVの魅力を高めるために、クック氏が4Kを上回る切り札を隠し持っている可能性もある。だが、そんなものは存在せず、映画1本あたりのダウンロードに30ドルもかかるなら、アップルTVはクック氏の手からすり抜け、「必需品」になる可能性を秘めた製品にとどまるだろう。