Horiba pres p1社長就任から売上高を5倍以上に増やし、海外社員が過半のグローバル企業に変貌させた。従業員をファミリーととらえて「ホリバリアン」と呼ぶなど独特な企業文化の担い手でもある。世界で技術開発を競う企業から見た日本の課題を聞いた。

PROFILE 堀場 厚[ほりば・あつし]氏 1948年生まれ。京都府出身。71年甲南大学理学部卒業後、米オルソン・ホリバ社入社。72年に堀場製作所入社。77年に米カリフォルニア大学大学院工学部電子工学科修了。その後はグループの海外展開を指揮し、82年取締役、88年専務を経て92年に社長就任。2005年から会長を兼務。18年から現職。関西経済連合会の副会長を務めるなど地元財界の顔でもある。堀場製作所を創業した堀場雅夫氏の長男。


自動車産業が新型コロナウイルスの影響を大きく受けています。

 自動車メーカーはコロナがなくても大変な時期でした。いわゆる「CASE」の方向に劇的に変わっていくからです。品質の高い車を着実に製造する生産力で勝負する「固い」工業から、IT(情報技術)化した「軽い」産業に持っていく必要がある。変数が1つの方程式を解いていたのが、連立方程式を解かなければいけなくなったイメージです。そこにコロナが加わった三重苦です。

堀場製作所はクルマの排ガスの検査装置が世界シェア1位。従来型のクルマ関連が事業の主力です。

 都市部は電気自動車が主流になるでしょう。ただ気候が過酷な地域などでは燃焼型はなくならない。規制も厳しくなっていきます。でも伸びる市場ではないので、CASE分野を伸ばしていければと思っています。  

人材をどう確保するかがすごく大事です。我々は2015年にマイラという(自動車の開発支援などを手掛ける)英国の会社を買収しました。600人ほどの優秀な研究開発部隊が目当てだったんですが、CASEに関わる試験設備も持っていた。マイラが持つテストコースにはトヨタ(自動車)さんのような自動車メーカーや大手の部品メーカーも研究拠点を置いているので試験や研究が一緒にできる。今必要性が高まっているものが全部ついてきたわけです。

「おもしろおかしく」が対応力に 「おもしろおかしく」という社是を定めていますが、その思いはコロナ禍でも変わらないのでしょうか。
 今こそ「おもしろおかしく」が重要でしょう。経営者は今、皆迷っている。そんな中でも我々があまり悲壮感を持っていないのはこの社是の下、様々な分野に手を出しているから。「おもしろ」が意味するのは「funny」ではなく「interesting」。その考えで独自の方向にシフトしていった。絶対的ではないですが、ある程度の対応力を持っていると感じています。

特定分野を極めていくことと、新たな事業を育成するために幅を広げることのバランスをうまくとる必要がありますね。

 正直、きっちりマネージできてはいないと思います。でも、そこが面白くて、それぞれの部隊の熱意で成り立っているんです。ベースにあるのは信頼ですよ。例えば光学の研究ならこいつ、製品について聞くならあいつ、というように一人ひとりが目に浮かびます。

 今稼いでいる製品を開発している人間に将来のニーズがどうなるかまで考えさせるのは無理がある。世の中にはスーパーマンはいないんですよ。多くの場合、スーパーマンを求めて人材を潰してしまいます。


「はかる」と「わかる」 くらしを変える分析の話 [ 堀場製作所 ]
「はかる」と「わかる」 くらしを変える分析の話 [ 堀場製作所 ]

どんな人材を求めているのですか。

 記憶の良いやつ、すなわち良い大学を良い成績で出ただけのやつはいらんとよく言っています。うちにも世の中で優秀とされる学生が入ってくるようになりましたが、うちの視点では「アホちゃうか」という子もいる(笑)。テレビではよく高学歴者のクイズ番組をやっていますが、あれは記憶力を競っているだけで、センスがない。

センスとはどういうことでしょうか。

 興味を持てるかどうか。すなわち「おもしろおかしく」できるかどうかです。とはいえ、とがった人材ばかり採っていては会社が潰れてしまう。そこはバランスですね。

事業を極めながら幅を持たせるには、そのための組織体制も必要では。

 今、一番の課題は部ごとの壁です。ピラミッド型の組織では個々の部署が頑張るわけですが、その成果をつなげるインターフェースがない。でも組織がフラットになればそれは必要ない。混ざっている状態なわけですから。その代わり、上の人間はどこで何がどうなっているか把握できるスーパーマンである必要がある(笑)。

自己資本比率50%超と盤石な財務体質も「おもしろおかしく」の実現を担保する要素になっていますか。

 コロナ禍で内部留保が薄かった企業は大変でしょう。内部留保が悪かのようにいわれていた時に、私は絶対に内部留保を厚くしておくべきだと思っていました。M&A(合併・買収)のタイミングを逃さないためです。銀行にお金の工面のお願いをしている間に、いい買収案件はどこかに買われてしまう。

基礎なくして応用なし
日本経済が今直面している課題は何だと見ていますか。

 我々は検出器やフィルター、電子基板といった製品のキーとなるものは全て内製しています。日本の問題はこうしたキーのところまで外に出してしまったことです。基礎がなければ応用はできない。それなのに日本の産業界や学術界は応用ばかりをやっている。

 フランスやドイツ、米国に我々が研究開発部隊を持っているのは、こうした国々のアカデミアが基礎を絶対に手放さないからです。中国も製品のノウハウをためているだけでなく、基礎研究をきっちりやっています。フランスで開発したうちの最新の光学分析装置が一番売れているのは中国ですよ。日本でも米国でもないんです。中国がそういうことをきっちりやっているという事実を知っておく必要がある。

中国の技術力が急速に上がってきているのは気になります。

 まだ日本は負けていない。ただ4~5年たったら分からない。彼らは学問と産業の組み合わせをきっちり考えています。総力戦では勝負がつき始めています。そこでどう立ち回るか。「ニッチ」という言葉は好きではありませんが、うちが生き残ってこられたのは、ある特化したところに、巨大企業以上に人とカネを投入してきたからです。

 日本人、そして日本の技術や学校は優秀です。ただ様々な規制や過去のしがらみが邪魔をしている。例えば大学でも、なぜ教授会が人事権を持っているんやと。中国・清華大学ではトップがどんどん優秀な人材に入れ替えている。でも日本では一度レールに乗ったら定年までアカデミアに居座る。こんなアンフェアな話はありません。

他にも競争力を阻害しているものがありますか。

 もし私が日本人でなければ、本社は米カリフォルニアに置いているでしょうし、今の3倍は会社が大きくなっていたでしょう。日本は税金が高く、固定費も高い。医学関連の主力拠点をフランスに置いているのも、日本の規制に問題があるから。「規制緩和」と口先だけで言っている間に、日本は没落してしまいます。

産学官で産業政策を考え、何を強みにするか見定めないといけませんね。

 政府などが会議を開いて大企業のトップを集めても、彼らは会社があるから思い切ったことを言えない。僕は社長になりたてのころ通商産業省(現経済産業省)に呼ばれて思うところを話したら、次から呼ばれなくなったこともあります。周りは教科書通りの発言ばかりでしたね。

 もっとも、今の経産省は当時と違います。気になるのは、我々の意見に同調して改革を起こそうとする官僚が出世コースから外れがちなことです。

変わりたくないのでしょうか。



 国より、自分がどう生きるかを優先しているのでしょう。明治時代の役人や名声のある政治家はやはり命を懸けているじゃないですか。今、日本がどんどん技術を買われてしまっていることに危機感がないのが怖い。

 中国のブレーンにいるのは、米国で教育を受けた優秀な人材です。日本にはブレーンがいない。政府の審議会などもアクティブな(最前線にいる)人がトップになりませんよね。技術と時代が変わっても、日本は優秀な人材がいるのに抜てきができないまま。大企業のトップもそうです。

任期が決まっていてサラリーマン型の経営トップが増えています。

 1から投資して6年間で成果が上がる事業なんて絶対にないですよね。赤字が続くものです。

 我々の製品は研究開発を進めて実験して、設計をして最終製品になるまで最低2年はかかる。基礎研究をやり直せば5年でしょう。そこから利益が出るまでにまた2~3年かかる。モノは技術と機械があればできるように思えますが、人が育たないとダメなんです。

 成長のために事業を立ち上げたトップが6年で赤字のまま退任すると「最低の経営者」と言われ、次のトップがその種まきから収穫すると「素晴らしい」と持ち上げられる。それではいけない。

リーダー育成を避けるべからず
トップが長期的な視野でモノを考えられるようにするには何が必要でしょう。

 日本は技術面でも人材面でも圧倒的に強い。唯一弱いのはトップです。米国や中国はエリートをどう育てるかというのを一生懸命やっています。リーダーを育てなければ社会が進まないから。一方、日本ではエリートというのが禁句になっている。日本は政治家も経営者も烏合(うごう)の衆なんです。

 今、日本はすごく危険な状態。インチキ民主主義になっている。本当の民主主義は競争もあるし、みんな違うのが前提です。米国ではまず小学校で一人ひとりいかに違うかという教育をする。でも日本は「おじちゃんが怒らはるからやめなさい」みたいな。メディアの責任も重いですよ。

上場企業のトップでひげを蓄えている人は珍しいですよね。

 35歳くらいの時に肝炎で死にかけましてね。それまで社長の息子やとか何やら言われていて、真面目に生きてきました。でもそのときに「今夜が峠だ」と言われ、今がベストだと思える、何を言われようが自分が「いい」と思うことをする人生を生きようと思った。その証しにひげを生やしたんです。そこからすごく楽になって。

何がどう作用するか分かりませんね。

 将来は神のみぞ知るという感覚です(笑)。ただ、現地の人間の話を直接聞いたりして、そのときのベストの決断をするという信念はあります。ベストを尽くしたのだからうまくいかなくても仕方がないと。でも、人ってベスト以上を求めて結局悩むんですよね。

正解ばかりを求めてしまうのかもしれません。

 正解がないことが経営の難しさなんです。皆、正解があるという錯覚に陥っているけど、ないんですよ。答えはできてくるんです。

傍白
 日本が豊かになったからなのか、格差が所与のものとなったからなのかは分かりませんが、堀場さんが指摘するように、国や企業といった組織の望ましいあり方よりも「個人がどう生きるかを優先する」風潮が強まっているように感じることがあります。個人の幸福の追求は時に組織の利益と合致しないことがあるので、注意が必要です。

 例えば、経営トップが交代して早々に不採算事業の資産を減損処理して赤字を出す動きが見られます。前任者は赤字を出していないし、後任は任期中のV字回復は確実。2人の報酬はいいかもしれませんが、組織としてのタイミングは最適なのかどうか。人材の流動性が高まる中、個人と組織の関係はより難しいものになるかもしれません。

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