韓国サムスン電子が、撤退を表明していた液晶パネルの生産を継続する。サプライヤー各社に2022年末までの生産延長を通達した。LGディスプレー(LGD)も生産を延長する。新型コロナウイルス禍でパソコンなどの需要が伸び、足元のパネル価格は前年の倍に高騰している。異例の延長は次世代パネル開発の苦戦も要因で、「特需」後は見通せない。

サムスン関係者によると、サムスンディスプレー社長が5月末、「22年末までの生産続行を検討する」と社内向けに通達した。ガラス基板の米コーニングなど主要部材のサプライヤーとの新たな長期調達交渉がまとまったとみられ、幅広い取引先にも生産続行の方針を伝達している。

生産継続するのは、ソニーとの合弁工場だった韓国中部牙山(アサン)市にある湯井(タンジョン)工場。大型パネルを手掛ける2つの製造棟のうち、ガラス基板サイズが220センチ×250センチの「8.5世代」と呼ばれる製造ラインを継続稼働する。55型テレビ換算で月産120万台分のパネル生産能力を持つ。





サムスンは20年3月、液晶パネルの生産から「年内撤退」を表明。スマートフォン用の有機ELパネルと、テレビ向けの次世代パネルに集中投資する方針を示していた。

ただ直後に世界中で新型コロナの感染が拡大。在宅勤務の浸透でパソコンの販売が急増し、自宅で過ごす時間が増えたことでテレビの買い替え需要も高まった。結果としてパネル需給が逼迫し、21年に入っても暫定的に生産を続けていた。

LGDも状況は同じだ。20年1月には韓国内のテレビ向け液晶パネルの年内生産中止を発表していたが、今年5月に当面の生産続行を決め、韓国北部の坡州(パジュ)工場での生産を22年も続けることをサプライヤー各社に伝えている。

サムスンに降りかかった思わぬ誤算。決断の裏には同社の悲喜こもごもな姿がみえる。

うれしい誤算となったのは、コロナで液晶パネルの需給が逼迫し、価格上昇が起きたことだ。

サムスン、LGDはそれぞれ減価償却を終えた旧型設備で生産を続ければ収益が得られると判断。「顧客要望が続けば」(LGD)という前提で生産を続けていた。

21年には半導体不足が持ち上がる。受託生産会社は収益性が低い液晶パネルを制御する半導体「ドライバーIC(集積回路)」の生産を後回しにした。中国や台湾のパネルメーカーが調達に苦しむなか、サムスンはグループ内で半導体を生産する強みを生かせた。

5月の大口需要家向けパネル価格をみると、オープンセル(バックライトがついていない半製品)の55型品が1枚225ドル前後と前年同月(106ドル)の2倍超に高騰している。12カ月連続の上昇で「過去に例がない値上がり」(英調査会社オムディアの謝勤益シニアディレクター)という。

サムスンとLGDが撤退を決める直前は、中国勢の大増産による供給過剰などでパネルの値下がりが顕著だった。その半面、コロナ禍に伴うパネル需要は中国勢の増産を上回る勢いで推移した。

生産延長の裏には、サムスンが次世代ディスプレー開発を順調に進められていない事情もある。

サムスンは19年10月に独自描画方式の「量子ドット(QD)有機EL」と呼ぶ次世代パネルの量産を発表し、「マイクロLED」など複数の研究開発も進めてきた。ただ量産プロセスの開発が当初計画から遅れている。

液晶パネルの価格優位性は当面維持される見通し。工場での雇用維持を考慮すれば、液晶パネルを作り続けた方が得策と判断したもようだ。米中対立に伴う調達リスクが浮上したことも、生産続行につながった可能性がある。

かつてない価格上昇をみせる液晶パネルだが、上昇局面がいつまで続くかは見通しにくい。米調査会社DSCCの田村喜男アジア代表は「足元では需給が崩れ始めており、21年下期からは供給過剰になりそうだ」と指摘する。再び液晶パネルがお荷物事業になる前に、サムスンも「液晶の次」に一定のメドを付けることが求められている。

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