習近平3期目が決まった2022年10月、米国による新たな対中半導体規制に直面して、中国は技術覇権の戦略で新段階に入ったようだ。外資からの技術入手による国産化戦略のギアを一段と上げてきたのだ。これまでも本連載で再三、警鐘を鳴らしてきたが、それがますます広範かつ巧妙になっている。

 目標は、戦略産業のサプライチェーンの上流から下流までを一気通貫に「自国で完結させる」ことだ。そのために中国企業に「欠けている技術」の入手に躍起となっている。

 22年10月28日、中国は「外商投資奨励産業目録」を3年ぶりに改訂して発表した。外資誘致で重視する産業リストで、表向きは対外開放の姿勢を示すものとしている。これに続く11月4日に習国家主席が上海で開催した国際輸入博覧会の開幕式で挨拶し、これを「対外開放」の象徴として宣伝、外資を重視する姿勢を改めて強調している。





 こうしたプロパガンダを真に受けていてはいけない。目的は「外資企業からの技術入手」だ。日本がいう「外資誘致」とは目的・意図が明らかに違う。今回、その産業リストに新たに電子部材や先端デバイス材料など日本企業が技術に強みを持つ分野が多数追加されている。逆に、既に欧州企業から技術を入手した風力発電はお払い箱となり、リストから外された。

 複合機や医療機器の技術入手の動きについては、これまで再三紹介してきた(22年7月「複合機、医療機器…中国『国産化』で日本企業に深刻な技術流出リスク」、9月「狙いは複合機や医療機器の中核技術 中国の手口にG7も懸念)」。そこで既に指摘したが、高性能の医療機器の政府調達において外資企業が中国で生産しても、“中国製品”として扱われるわけではないことに注意すべきだ。実態は中国企業が生産する“中国ブランド”が優先され、外資は事実上排除される。「中国で作ればいい」として中国への工場進出に誘い込む中国のプロパガンダに注意すべきだ。

 中国に先行して進出している独シーメンスや米ゼネラル・エレクトリック(GE)、オランダのフィリップスも技術流出で苦い経験をしている。中国国内でのメンテナンスを請け負う中国企業や中国での子会社からも技術が流出したようだ。中国の新興医療機器メーカーが急成長した裏にはそうした現実もあるのだ。日本企業もそうした欧米の先行企業の苦い経験を踏まえて慎重な対応になるのは当然だ。

こうした動きに加えて、最近は部材・素材の国産化を加速して、日本企業への働きかけを強めている。中国政府は他国に依存していた部材・素材について、早急に他国依存から脱却する方針で中国企業に急がせている。

 関係する日本企業に取材をしてみると、大方の中国の方針は見えてくる。

 1つは中国国内で生産させる、2つ目が中国資本が51%以上の企業からしか購入しないとして合弁に持ち込む、というものだ。液晶ディスプレーや有機ELパネル、リチウムイオン電池でもサプライチェーンの上流から下流までを一気通貫に「自国で完結させる戦略」を明確にしている。

 例えば、中国ディスプレー最大手の京東方科技集団(BOE)は中国政府の指示のもと、材料のうち中国企業が技術を有していないために作れないものをリストアップして、その技術を持つ日本企業を誘致しようと強力に働きかけている。

 かつて日本企業や韓国企業の技術をあの手この手で入手して、中国政 府の巨額支援の下に急成長したBOEである。中国にとっては“成功モデル”だが、主要7カ国(G7)など各国からは「市場歪曲(わいきょく)的」「不公正」と批判されている。その手法を、部材にまで広げようとしているのだ。

 ある重要部材では、日本企業数社が製造してBOEなど中国パネルメーカーに供給している。BOEは重要顧客という立場を利用して日本企業に中国進出を強く求めてきたようだ。さらに日本企業同士を分断して違った情報で情報操作し揺さぶっていたことが判明した。これは中国の常とう手段だ。
半導体部材・装置にも照準を合わせる

 同様の動きは米中対立の主戦場である半導体の分野でも起こっている。22年10月の本連載「半導体材料も標的か 習氏3期目で中国ビジネスのリスクは高まる?」で警鐘を鳴らしたが、まさにその後の現実の動きは懸念したとおりだ。

 リチウムイオン電池の部材である電解液などはかつては日本企業が席巻していたが、近年、急速に中国が追いつき、追い越している。業界によると、供給網の上流に遡って中国進出する日本の部材メーカーからの技術流出もあるようだ。半導体部材でも短期的利益しか見ないことで、同じ過ちが繰り返されることが懸念される。

 中国政府の指示を受けて、中国半導体メーカーは日本企業を中国に進出させようと強い要望、熱心な働きかけをしている。しかも時には日本の大商社がその手伝いをしているから驚きだ。中国の狙いは中国企業と合弁を組ませて、日本企業が強みを有する技術を入手することだ。ここでも顧客としての立場から取引で揺さぶりをかけてくる。場合によっては「競合他社はOKしたので、乗り遅れるよ」と偽情報で日本企業を個別に焦らせるという、例によっていつもの手段だ。

 原料供給の立場からの揺さぶりもある。シリコンをはじめ、上流の原料では中国に依存しているものも多い。そうした原料の確保で揺さぶりをかけてくることもある。日本企業のシリコンウエハーの技術が欲しい中国が、シリコンウエハーの上流の金属シリコンでは世界の約7割を押さえている。

 振り返れば15年ごろ、高性能磁石の分野で日本企業が中国と合弁での生産をスタートして技術が流出したのも、原材料のレアアースで揺さぶられたことが大きい。

 部材だけではない。製造装置の分野でも中国は日本の装置メーカーに対して、大口顧客の立場を活用し市場を餌にぶら下げて、米国の技術を使わない装置を一緒に作ろうと誘っているようだ。日本企業もさすがに米国の虎の尾を踏むことになりかねないことは理解しているだろう。

こうした中国にどう向き合うのかが日本企業の最大のテーマだろう。そうした時によく使われるのが「したたかに対応すべきだ」とのコメントだ。問題は何をもって「したたか」とするかだ。

 「欧米企業は口では厳しいことを言いながら、ビジネスはどんどんやっている」──。こうした趣旨で語る論者もいる。しかし「欧米企業の中国進出に出遅れている日本企業」というプロパガンダは要注意だ。日本企業を誘致しようとする背景には、日本企業の有する技術を入手する思惑もあることは忘れてはならない。

 むしろ中国市場にどんな技術で進出しているか、その中身を見るべきであることはこれまで指摘してきたとおりだ。「守るべき技術」と「出してもいい技術」の線引きをきちっとしているかどうか。それがカギだろう。

 既に中国が技術を入手してターゲットから外れている技術(例えばリチウムイオン電池の電解質)は出してどんどん貪欲に市場をとるべきだ。しかし守るべき中核技術は見極めるべきだ。自社だけは中国から優遇されようと足元の利益を追い求める。その結果、将来、自らも含めて日本全体の首を絞めることになることに気づかない。いかに足元しか見ていない経営者が多いことか。

 中国に進出している欧州企業の集まりである在中国EU(欧州連合)商工会議所が最近公表した一連の報告書で、中国進出での苦い経験を踏まえて技術流出に警鐘を鳴らしていることも注目すべきだ。中国投資に関しては金額や件数の多寡だけで論じる人が多いが、どういう技術レベルを出しているかの中身まで見て論じるべきだろう。

 こう書いている最中にも驚くべきニュースが飛び込んできた。

 1月18日、中国に進出する日本企業の集まりである中国日本商会の会長=伊藤忠(中国)集団の会長が、中国外交部のアジア司長と意見交換したことを中国外交部が発表した。その中での発言だ。

 「中国に進出している一部の日本企業は、日本政府の経済安全保障政策に困惑している。影響が出ないことを望む。正常な経済貿易と科学技術の協力を阻害してはならない」

 まるで中国政府の発言かと思ってしまう内容だ。むしろ今の中国政府の政策こそが正常な経済活動を歪めている、というのが日本や欧米の共通認識ではないのか。日本企業を代表して中国政府に厳しく注文を付けるべき立場だ。在中国のEU商工会議所を少しは見習ってはどうだろうか。

 こうした発言が中国政府に利用されることも懸念され、波紋が広がっている。今後どう釈明されるか注視したい。

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