ビンの蓋を閉め忘れて液晶材料の純度を低下させてしまった船田、しかしここからが彼の度胸のすわったところ、なんとその失敗を逆手にとったのです。

液晶の駆動の実験で純度を上げイオン数を徹底して減らした試料では交流駆動で表示がうまくできなかったのに対し、この不純物混入の失敗材料は予想通り(と後に船田は述べている)すばらしい表示効果を示したのでした。
そしてなんと1 ヶ月たっても性能の劣化は見られなかったのでした。

船田は液晶材料中に一定量のイオンが必要ではないかと机上で予測はしていたと言っています。
しかし1グラムあたり何万円もする高純度に精錬された液晶材料にイオン不純物を意図的に添加することは新入社員の船田には出来ることではありませんでした。
しかし、実験準備の「失敗」が背中を押して実行に移してくれたのでした。



この思いがけない結果を受け、液晶材料化合物の合成で共同研究開発をしていた大日本インキ化学工業に化学的にも安定で液晶化合物に悪影響を与えないイオン添加剤の開発を依頼しました。
結果として弱酸・弱塩基のアンモニウム有機塩化合物が合成され両社共同で特許出願され特許登録されたのです。
船田はこの一連の出来事を「創造的失敗(Creative Failure)」と呼んでいます。この語は,ショックレイ(Schockley)が接触型トランジスタを偶然発明したときに使った言葉で、図らずも自分もそのような経験に遭遇したと振り返っています。

この「イオン添加剤入り液晶材料の交流駆動のスキーム」により表示性能と長寿命化のジレンマが解決される目処が達成し、シャープに於ける液晶の研究開発は継続されることになりました。