経営再建下のシャープ買収に向け実質上の優先交渉権を得た台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業の郭台銘(テリー・ゴウ)会長は、40年あまり前に創業した一介の町工場を世界一のEMS(電子機器受託製造サービス)に育て上げた立志伝中の人物だ。
シャープが産業革新機構など日本勢の「国策」支援ではなく、「外資」主導の再建に傾いた背景には、同氏の卓越した経営力とホンハイの強力な事業展開力への期待がある。
ホンハイはすでにシャープと長期にわたる提携を続けてきた。その相乗効果を端的に示しているのが、シャープ危機の端緒となった大阪・堺市の液晶工場の立て直しだ。





総投資額4300億円、部材メーカーなどによる投資額を含めると1兆円規模の巨費が投じられた堺工場は2009年10月に操業開始したが、液晶テレビの世 界的な需要低迷や円高が逆風となり、稼働率が低迷。その大幅な赤字により、シャープは2011年度に大幅赤字(当期損失3760億円)を計上して経営危機 に陥った。

シャープは2012年7月、堺工場(旧社名シャープディスプレイプロダクト)をゴウ会長の投資会社と共同運営(各37.6%ず つ)する「堺ディスプレイプロダクト(SDP)」に体制を移行。SDPは発足初年度(12年12月期までの9カ月間)こそ33億円の営業赤字だったが、翌 13年度は150億円の営業黒字化を達成。14年度もほぼ同額の利益を上げている。

ある関係者は、「ホンハイが膨大な顧客にSDPの液晶パネルを売り、それで(堺工場の)稼働率があがり収益が改善した」と、ホンハイとの提携が効果を挙げたことを認める。

「(ホンハイとは)3年間一緒にSDPを運営し、信頼関係ができている」。4日の会見で、高橋興三シャープ社長はホンハイに対する期待感をにじませた。

<機構とホンハイ、販路では勝負にならず>

シャープ再建をめぐっては、政府系ファンドの産業革新機構もスポンサーに名乗り上げた。機構がシャープに出資した後、液晶部門を分社し、機構が筆頭株主になっているジャパンディスプレイ(JDI)と統合させるという再建案だ。

しかし、事業立て直しの大きな要素となる製品販売力では、世界のメーカーを相手にするホンハイと、事業運営のノウハウに乏しい機構との間には大きな開きがある。

台 湾の産業事情に詳しい九州産業大学経済学部の朝元照雄教授は、シャープのスポンサーに名乗り上げた機構とホンハイの違いについて、「機構には販路がない。 せいぜい従来のシャープの販路を使う程度だ。ホンハイの場合、いろいろなメーカーから製造委託されているから、販路が大きい」と指摘する。

<中国勢の大規模投資が脅威に>

ただ、ホンハイによるシャープ再建が決定しても、シャープの窮状が早期に解消できるかどうかは不透明だ。

かつてシャープは亀山工場(三重県)で製造した液晶パネルのテレビを「亀山モデル」として売り出し、世界の市場で快進撃を続けた。しかし今、液晶ビジネスの市場環境は、そうした2000年代前半の牧歌的な時代とは様相が一変している。

最大の波乱要因は中国勢の大規模投資だ。同国の液晶パネルメーカーの京東方科技集団(BOE)は、中国国内3カ所で17年から18年にかけて2兆円に迫る規模の液晶投資を行う計画だ。

計画でBOEは 「10.5世代」と呼ばれる大型のガラス基板を投入する工場や、スマートフォン向けの高精細な「低温ポリシリコン」とよばれる技術を採用、中小型向けに対応した「第6世代」の工場も立ち上げる。

元日立製作所半導体技術者でテクノロジー・コンサルタントの湯之上隆氏は、すでにだぶついている液晶パネルの過剰感が今後、BOEなどの動きで一段と深刻になりかねないと予想する。

湯之上氏は、「大量に製品を出し、価格を下げて他社を振り落す戦略を半導体でやってきたのが韓国サムスン電子。日本勢は脱落していった。同じようなことを液晶で中国がやる。日本はかなわないだろう」と語る。

<本来は法的整理すべきとの指摘も>

シャープ再建の救世主となるのがホンハイか、それとも機構側か、まだ最終決定はされていない。しかし、どちらの案についても、シャープに新たな資金を投入する必要性を疑問視する見方も少なくない。

投資家向け情報サービス「ロンジン」のアナリスト、和泉美治氏は、ホンハイか機構のどちらかがスポンサーになるというよりも、本来はシャープを法的整理で倒産させるべきだと話す。

「このままだと、有利子負債(昨年末で7564億円)を返していくだけの会社になる。中国が国家戦略で液晶を強化する動きが出る前に、液晶事業は離しておくべきだった」と指摘する。