jdi 2020SHA001-PN1-14新型コロナウイルスによる株価や企業業績の落ち込みの影響が、決着済みのM&A(合併・買収)にも及び始めた。経営再建中のジャパンディスプレイ(JDI)を支援する独立系投資顧問会社いちごアセットマネジメントはJDIの買収対価を事実上、3割引き下げる合意をJDIと結んだ。今後、国内外で決着済みM&Aの条件変更が起きる可能性がある。

「最大100億円の追加支援を受ける」。JDIは3月13日、いちごと支援追加で基本合意したと発表した。しかし、この合意には「コロナショックの影響でJDIの株価下落や業績悪化を懸念したいちごが買収対価の引き下げを求め、それにJDIが応じた」事実が含まれていた。

JDIは3月25日に臨時株主総会を開催。いちごはJDIの優先株(1株50円相当)を504億円で引き受け、議決権の44%を握る筆頭株主となった。今後、いちごは追加で優先株(同)を50億円分、さらに議決権のない優先株も最大554億円分引き受ける。





議決権のない優先株は本来、1年後から1株50円で普通株に転換できる条件だった。それが今回の基本合意で「1株20円」で普通株に転換できる条件に変わった。合意はJDIが6月に開く定時株主総会で確定する見通しだ。

「1月31日に契約を結んだ段階では、転換価格1株50円で買収は採算が合うはずだった」。内実を知る関係者は説明する。当時のJDIの株価は70円。いちごは割安でJDIの経営権を握る算段だった。ところが契約締結後のコロナショックでJDIの株価は急落した。4月には、6年半にわたり不正会計を繰り返していたことが判明。株価は40円台半ばで推移しており、先行きも不透明だ。

3月の基本合意は、いちごが新たに最大100億円の支援を積み増す代わり、転換価格20円で議決権のない優先株を引き受けられるようにした。つまり、いちごにとってのJDI買収コストを、従来の「1株50円」から「同35円(50円+20円の半額)」に3割引き下げることが、真の目的だった。

「MAC条項」と呼ばれるM&Aの契約条項を使って、買い手が売り手を揺さぶるケースも出てきた。

「タイ政府が全土に非常事態宣言した。MAC条項に基づき、契約は解除できる」。3月末、タイで進行中のM&Aで買い手のファンドが、売り手に契約の見直しを通告したとの観測が企業法務業界に流れている。

MACとは「重大な悪化・悪影響」の意味。同条項は、M&Aの契約締結後に買収対象会社の経営に重大な悪影響を及ぼす事態が起きた場合、買い手がM&Aから撤退できることを定める。

ただ、売り手としてはむやみに撤退されては困るため、米国の実務では同条項に「業界に等しく影響を与える事態は除く」と入れ、戦争や天変地異などでは同条項を発動できないことが多い。今回の新型コロナの影響でも、米国では同条項を発動しづらいという。

しかし日本や東南アジアでは米国式の実務が定着していない。「欧米ファンドなどが同条項を盾に、M&Aからの撤退や、撤退をちらつかせての買収価格の引き下げを狙う可能性がある」(M&Aに詳しいジョセフ・パーキンス米国弁護士)

米情報機器大手ゼロックスが同業HPの買収を断念するなど、新型コロナが世界に広がる段階で交渉中だったM&Aでは中止や延期が相次ぐ。一方、既に金額や条件について契約に至っていたケースでは、その見直しでせめぎ合うことになる。

M&Aでは契約締結から対価支払いまでに数カ月かかることが多い。今回、この間にコロナショックで買収企業の価値が損なわれたケースで問題が生じている。「買収対価をいつ時点の評価を元に行うかがこれまで以上に重要な問題となっている」(M&Aに精通する西理広弁護士)

日欧米の法務に通じる蔵元左近弁護士は「日本の投資家・買い手も買収対象の最新の財務の見通しを確認し、契約見直しが必要か検討することが望ましい」と話す。

米国の実務では事後的な価格調整の仕組みがある。一方、英国などでは事後調整はしないのが一般的だったが、今後は「事後調整型への切り替えが進むかもしれない」(西氏)。代金の一部後払いといった買い主保護のメカニズムの採用が増えるなど、M&Aの実務が変わる可能性がある。

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