siemensデジタル分野を強化してきた独シーメンスの戦略が新局面に入ってきた。デジタル技術を駆使し、生産ラインの姿を柔軟に変えられる「未来の工場」をつくる。新型コロナウイルスで産業界が変革期に入るのを契機に、システムを外販する。産業分野に攻め込むアマゾン・ドット・コムなど米IT(情報技術)大手との競争も本格化する。

1847年創業のシーメンスは電気通信設備に端を発し、日本初の水力発電設備やレントゲン装置を納入するなど日本の近代化とのつながりも深い。鉄道車両や発電設備などで高い世界シェアを誇る同社が、近年経営資源を注いできたのが工場のデジタル化の分野だ。

独南部シュツットガルト。2019年9月に量産が始まった独ポルシェの新しい電気自動車(EV)「タイカン」の工場には、従来の組み立てで当たり前のベルトコンベヤーがない。





組み立て中の自動車を運ぶのは大きくて平らな無人搬送車(AGV)だ。工場で部品や工具などを運ぶのに使われるAGVをコンベヤー代わりに使うのは世界初という。この仕組みの開発を支えたのがシーメンスだ。

AGVの上や周囲で従業員が部品を組み付け、その周りを50台の小型AGVが部品を運ぶ。ポルシェのアルブレヒト・ライモルト取締役は「街中の工場に生産ラインを作ることは大きな挑戦だった」と話す。同社は初のEV生産にあたり本社を構える地元で雇用維持を狙った。拡張余地がない中、作るものにあわせ構成を変えやすい変幻自在のラインが必要だった。

ポルシェは現実と同じ状況をデジタルで再現する「デジタルツイン」と呼ぶシーメンスが得意とする手法で、実際の生産の設備やシステム、自動車などのデータを仮想空間に取り込んだ。ここでシミュレーションを重ね、建設からシステム導入まで通常数年かかるものを17カ月で終えた。

「コロナ危機は製造とサプライチェーン(供給網)の大幅な再調整につながる」。シーメンスのローランド・ブッシュ副最高経営責任者(CEO)は5月の記者会見で、「コロナ後」は先進国の生産回帰とあらゆるモノがネットにつながる「IoT」を備えた工場が商機になると指摘した。

コロナ危機は供給網のもろさを浮かび上がらせた。高賃金の地域で競争力を保つにはデジタル対応が必須との考えだ。

青写真はある。独南東部の同社のアンベルク工場。生産するのは工場の自動化に不可欠な電子制御機器「プログラマブル・ロジックコントローラー(PLC)」などだ。建屋内に白と青紫色の製造装置が所狭しと並ぶ。機器自らが生産品にあわせて動き、工場で一般的なフォークリフトが通るスペースなど皆無だ。

1990年代前半から生産を始め、自動化などを徹底して生産性は14倍になった。通常は時間とともに生産性は伸びにくくなるが、15年以降だけでみると4割の向上だ。

自動化率は75%で、1秒間あたり1台を生産する。1日120種類の製品、計350回の段取り変えという多品種生産でも工程の不良率は10万回に1回を切る。中国にもPLC工場はあるが需要の3分の2をこの工場でカバーする。

「生産設備と製品、稼働状況の3つを絶えずシミュレーションしてきた成果だ」。ファクトリーオートメーション(FA)事業トップのラルフマイケル・フランケ氏は語る。シーメンスは、ポルシェや自社の工場の柔軟な生産モデルを他社の拠点でも横展開する。

シーメンスは今後、自社の生産システムを高速通信規格「5G」とも連動する予定だ。工場が自ら考え需要に応じて多品種少量生産できる「インダストリー4.0」の理想型に近づく。次代のものづくり基盤の主導権を握ろうとしている。

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