製造業の本質は、技術の開発による「人々の新しい生き方の創造」にあるといえる。4月5日にモバイル事業からの撤退を発表した韓国のLG電子と、4月1日に社名を「ソニーグループ」へと変更し、次々と新たな技術を生み出しているソニー。2社の決定的な違いは何だったのだろうか?

● 韓国LG電子がモバイル事業撤退 最大の理由は?  

4月5日、韓国のエレクトロニクス大手のLG電子(LG Electronics)は、7月末までにスマートフォン(スマホ)含むモバイル事業から撤退すると発表した。
 一時、同社は世界第3位のスマホメーカーだった。今回の同社の決定の背景には、中国の競合企業との価格競争の激化によって、当該分野での生き残りが難しくなったことがあるとみられる。今後、LG電子は、モバイル関連の技術を次世代の高速通信や電気自動車(EV)などの関連分野に活用する方針だ。





 LG電子は当初、スマホ事業の「売却」を目指したが、韓国メディアによると、売却交渉は思ったように進まなかったようだ。一部報道によると「LG電子が技術の流出を懸念したため売却が実現しなかった」との指摘がある。その一方で専門家の中には「LG電子が特別な技術を持っていなかったため、期待した買い手が現れなかった」とみる向きもある。いずれにせよ、最終的に事業の閉鎖が確定した。

 LGがスマホ事業から撤退する一方、わが国ではソニーグループ(ソニー)などが、もう一段上の「モノづくり」の精神を生かすことで、中国企業などとの価格競争を回避する動きが目立ち始めている。

 世界経済の環境が加速度的に変化する状況下、自力で新しい技術の創出を目指し、社会からより多くの支持を得られるか否かが、各国企業の中長期的な事業運営に、より重要性が高まっている。

 目立った独自性を持たず、激しい価格競争に巻き込まれてしまうと、かつては世界のトップを目指した企業であっても、淘汰の波から身を守ることができないということだ。

 LG電子がスマホ事業からの撤退を決めた最大の理由は、同社が「中華スマホ」との価格競争に勝てず、作れば作るほど赤字が拡大する「負の循環」に陥ったためである。

 2013年半ば頃、世界のスマホ市場では、韓国のサムスン電子がトップの32%、それに次いで米国のアップルが14%のシェアを誇った。LG電子も5%程度のシェアを獲得していた。

 その後、ファーウェイ(HUAWEI)、シャオミ(Xiaomi)、オッポ(OPPO)などの中国メーカーが急速にシェアを伸ばした。こうした中国企業は、共産党政権からの産業補助金などを活用することによって価格戦略を強化し、ボリュームゾーンである新興国を中心に、世界的なシェアを獲得ていった。

 その結果、世界のスマホシェアは2020年末には、サムスン電子が16%、アップルが21%と、2013年にトップシェアであった2社のシェア合計は低下した。LG電子のシェアも2%程度にまで低下している。

 その一方で中国勢は、低価格を武器にシェアを伸ばし続け、シャオミが11%、オッポと、そして米国の制裁によって事業運営の困難さが増しているファーウェイは、それぞれ9%程度のシェアを獲得した。

 2015年後半以降、LG電子のモバイル・コミュニケーション部門の営業利益は赤字続きとなった。中国企業との価格競争が激化した結果、同社のスマホ事業の収益性は悪化したのである。同社は事態の打開を目指し、新商品を発表してマーケティング戦略の強化を図ったが、コストが増え、結果的に在庫が積み上がった。

 2021年に入り、LG電子はスマホ事業の損失の拡大を止めるために、売却を含めた「あらゆる選択肢」を模索し始めた。

 一時は、ベトナムのビングループなどが潜在的な買い手候補に浮上したようだが、交渉は難航した。その理由を、技術の流出を防ぐためや、家電などへ技術を活用するためと考える株式アナリストなどもいる。

 しかし、中国企業が急速な勢いで世界のスマホシェアを獲得したことを考えると、多くの消費者が使うスマホの生産に、革新的な技術が必要とは考えづらい。

 LG電子には、目を見張るような革新的なスマホ関連の技術は見当たらなかったのではないか。それが、LG電子とビングループなどの潜在的な買い手企業との価格交渉を難航させた可能性がある。つまり、スマホ事業閉鎖の原因の一つは、LG電子が「人々の満足度を支える技術」を生み出すことが難しかったことにあるだろう。

 LG電子の状況は、わが国のソニーと対照的に映る。

 近年、ソニーは独自の「モノづくり」の精神を取り戻し、それを育み、発揮することを重視した。つまり、創業当時のような、エンジニアや研究者の自由闊達な活躍を目指した。

 その象徴が、54%近い世界シェアを誇る「CMOSイメージセンサ」(画像を処理する電子部品)だ。人々に「より良い体験」を与えるべく、その技術を「エクスペリア」のスマホやミラーレスカメラなどと結合した。

 ソニーは、モノづくりの力を根底に、ゲーム機や映像や音楽などの「コンテンツ」事業にも取り組み、さらには、EVの「VISION-S」や衛星開発とも結合し、人々により鮮烈な感動を与えようとしている。

 コロナ禍によって世界経済のDX(デジタル・トランスフォーメーション)が加速する状況下、ソニーのように新しい技術を生み出す実力の重要性は増している。

 突き詰めていえば、LG電子がスマホ事業を閉鎖する最大の理由は、同社が新しい技術を生み出すことができなかったからだろう。その結果、同社のスマホは価格面以外で中華スマホと大きな差異がない「コモディティー」と化したのである。

● 社名を「ソニーグループ」に変更 その決意とは?

 4月1日にソニーは社名を「ソニーグループ」に変更した。

 それは、グループに蓄積されてきた知性を結集して、新しい独自の技術を生み出して、人々にこれまでにはなかった鮮烈な「ソニー体験」を提供しようとする決意の表れといえる。

 そこに製造業の本質がある。「技術」とは、研究・開発を進めることによって生み出された「新しい発想や価値観を実現する技能」(ハードとソフト)を指す。つまり、製造業の本質は、技術の開発による「人々の新しい生き方の創造」にあるといえる。

 別の見方をすれば、「モノ」の創造が、「コト」(体験、感動)を生むといってもよい。新しい生き方を支えるモノを生み出し、関連するサービスへの需要が拡大すれば(ヒット商品の実現)、企業は成長する。

 かつてのソニーの「ウォークマン」はその象徴だった。今、ソニーはそうした取り組みを、より積極的に、新しい発想を用いて進めようとしているように見える。ある意味、ソニーは、アップルやグーグル、アマゾン、中国のIT先端大手企業などに対抗できる、わが国の数少ない企業の一つといえる。

 過去5年間、ソニーの株価上昇率は、LG電子やサムスン電子を上回っている。ソニーがモノづくり精神のさらなる発揮を目指して、新しい分野での製品開発に取り組み、世界の人々の新しい生き方の創造を目指していると評価する投資家は増えているようだ。

 コロナショックの発生を境に、半導体関連の部材、自動車、機械などの分野で、わが国企業は世界的な競争力を発揮している。

 その状況は、わが国企業が強みを磨いて新しい発想の実現を目指し、世界の人々に感動や新しい生き方を提供するチャンスである。そうした考えを持つ企業が増えるか否かが、中長期的なわが国経済の実力や活力にかなりの影響をもたらすだろう。


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