東芝は2022年12月13日、可視光下では無色透明だが紫外光を当てると強く発光する「透明蛍光体」について、溶解性を高めることで可視光下での透明度を高めるとともに、紫外光を当てたときの赤色発光強度が従来比で6倍となる新規材料を開発したと発表した。現在はサンプル提供可能な状態にある。ミニLED/マイクロLEDディスプレイ用の蛍光体やセキュリティ印刷、紫外光センシングの他、農薬と反応すると消光する特性を利用した残留農薬検出などの用途に向けて2025年の量産を目指す。

 今回新たに開発した透明蛍光体は、東芝が2003年から開発を進めてきた有機蛍光体の設計技術がベースになっている。中でも、3価のEu(ユーロピウム)イオン(以下、Eu(III)イオン)を用いた有機金属錯体は、ポリマーに溶解することで透明化できるとともに高い色純度で発光し、発光スペクトルの色相が蛍光体の濃度や溶解する媒体の性質に依存しない特性を有している。






 その一方で、ポリマーへの溶解性が低いことが実用化に向けた課題になっていた。溶媒への溶解性が低いと有機蛍光体が溶媒中で微粒子状で存在してしまうので、可視光を当てたときには透明なはずなのに、見る角度や光の当たり具合によって透明ではなくなってしまう。また、微粒子の粒径のばらつきにより素子特性のばらつきが発生したり、微粒子の光散乱が素子の特性を落としたりしてしまう。加えて、Eu(III)イオンの有機金属錯体は、発光スペクトルの色純度は高いものの発光強度が低いという問題もあった。

 東芝は2007年に、優れた溶解性と発光強度、耐久性などを兼ね備えるEu(III)イオンの有機金属錯体を開発している。東芝 CPSxデザイン部 新規事業推進室 蛍光体事業推進プロジェクトチーム プロジェクトマネージャーの岩永寛規氏は「今回の開発成果は、このときに見いだした独自の分子設計手法である『互いに異なる2種類以上のホスフィンオキシドをEu(III)に配位させる分子設計コンセプト』を活用した」と説明する。

 従来は、異なる2種類のホスフィンオキシドをEu(III)イオンに配位させていたのに対して、今回は1個の分子中にホスフィンオキシドの構造を4つ持つ「非対称構造テトラホスフィンテトラオキシド配位子」を用いて、2個のEu(III)イオンがそれぞれ2個ずつのホスフィンオキシド構造と異なる状態で配位する新たなEu(III)イオンの複核錯体の開発に成功した。

 非対称構造テトラホスフィンテトラオキシド配位子では、配位子末端のホスフィンオキシドと、これらに挟まれて中央に位置するホスフィンオキシドは構造が異なる。1個のEu(III)イオンは末端のホスフィンオキシドと中央のホスフィンオキシドに配位しており、もう1個のEu(III)イオンは残った2つの末端のホスフィンオキシドに配位しているため有機金属錯体としての対称性が大きく崩れている。一般的に対称性が低い有機分子は溶媒への溶解度が高まる傾向があり、新開発の複核錯体もそれに合わせた特性を示したことになる。

 さらに、新開発の複核錯体は、一般的なEu(III)イオンを用いた赤色発光する有機蛍光体と比べて発光強度が6倍になった。照射した紫外線の光子数に対して蛍光発光した光子数の割合を示す量子効率は「0.9に達する」(岩永氏)という。

 なお、新開発の透明蛍光体の励起主波長は222(深紫外)~405nm(紫色)、発光主波長は613nm(赤色)で、溶解性については酢酸エチルとヘキサンで1×10-3mol/lとしている。

新開発の透明蛍光体の事業化は他分野での展開を想定している。まず期待が大きいのが次世代ディスプレイ技術として期待されているミニLED/マイクロLEDだろう。ミニLED/マイクロLEDでは、現在一般的に使用されている無機蛍光体では色再現能力に限界があり、発光強度が弱いことが課題になっている。また、ディスプレイ表示を行う上で必須のRGBの各画素のうち赤色性能が不足しているといわれており「今回の透明蛍光体と紫外線ベースのLEDと組み合わせれば技術のブレークスルーも可能」(岩永氏)とする。さらに、今回発表した透明蛍光体は赤色発光するが、これと並行して緑色発光するものも開発しているという。

 この他、新型コロナウイルスを除菌可能なことで注目を集めている波長222nmのUV-C(深紫外光)をセンシングする用途への応用も可能である。UV-Cの最大の問題点は、人間の目に見えないため実際にUV-Cが照射されていることを確認できない点にある。新開発の透明蛍光体を使ったインクを併用すれば、通常は見えないUV-Cの見える化が可能になるという寸法だ。同じくインクによる活用例としては、紙幣やパスポートなどの偽造防止を目的としたセキュリティ印刷などが考えられる。

 さらに、新開発の透明蛍光体は従来と異なる特性として、有機リン系殺虫剤であるジクロルボスと反応して、瞬時に発光しなくなる「消光」が確認されている。この特性を用いれば、食料品などへのジクロルボスの混入について、高価で手間もかかる機器分析に頼らずに簡便に検出できるようになる。1次スクリーニングとしてこの手法を用い、消光が起きた場合には詳細な機器分析を行うことを想定している。なお、現時点ではジクロルボスでのみ消光が起こり、メタミドホスなど他の有機リン系殺虫剤では起こらないという。岩永氏は「配位子を変えれば、選択制を持たせる形で対応することなども可能だろう」と述べている。

 なお、今回の開発成果は、2022年12月14~16日に福岡国際会議場で開催される「The 29th International Display Workshops(IDW'22)」の招待講演で発表する予定。併設の展示会で、新開発の透明蛍光体を使用した赤色LEDと蛍光フィルムの参考展示も行う。

※記事の出典元はツイッターで確認できます⇒コチラ