今回のひとこと
「ディスプレイ業界は、コスト増、需要減、稼働減の三重苦にある。守りに入り、事業を縮小して、しのぐ手もあるが、いまのJDIには、大きな改革を起こすことが必要不可欠である」
経営再建に取り組んでいるジャパンディスプレイ(JDI)が、長いトンネルからなかなか抜け出せない。
2022年度(2022年4月~2023年3月)の連結業績は、売上高は8.5%減の2707億円と減収。営業利益はマイナス443億円の赤字、当期純利益はマイナス258億円の赤字となり、9年連続の最終赤字。赤字幅は前年度に比べて悪化している。亀山は知っている 液晶王国シャープ栄光と挫折の10年 週刊ダイヤモンド 第ニ特集【電子書籍】[ 後藤直義 ]
決算会見で、ジャパンディスプレイ 代表執行役会長兼CEOのスコット・キャロン氏は、「大変申し訳なく思う。深くお詫びする」と陳謝。「背景にあるのは、コスト増、需要減、稼働減というディスプレイ業界の三重苦である。そこに向けた対策が物足りなかった」と反省する。
営業利益では、為替は116億円のプラス影響となったが、市場悪化による販売数量の低下でマイナス201億円、部材などの高騰でマイナス150億円、エネルギー費用の増加でマイナス80億円などのネガティブ影響があったという。
いまは大きく改革を起こすこと
だが、構造改革の手は緩めない。むしろ、その取り組みが、着実に進展していることを強調する。
「守りに入り、事業を縮小して、しのぐ手もあるが、いまは大きく改革を起こすことが必要不可欠である」と語る。
JDIでは、成長戦略「METAGROWTH 2026」を策定し、構造改革を推進。2027年度に売上高が7672億円、EBITDAが991億円、営業利益は824億円を見込んでいる。
この成長戦略において、キャロン会長兼CEOが掲げているのが、「世界初、世界一の独自技術による顧客価値の創出」である。
実際、JDIには、世界初や世界一の独自技術がある。具体的には、高輝度、長寿命、高精細を実現する次世代OLEDの「eLEAP」、超低消費電力や高精細化、大画面化を実現する「HMO(High Mobility Oxide)」、圧倒的なリアリティと没入感を実現するメタバース向けの「超高精細ディスプレイ」、EVに対応した統合コックピットを実現する「AutoTech」、世界最高の透過率を持つ透明インターフェイスの「Rælclear」などである。
FMMを使用しないeLEAPに注力
とくに、キャロン会長兼CEOが力を注いでいるのが、「eLEAP」である。
eLEAPは、マスクレス蒸着とフォトリソグラフィによる商品化を実現した次世代OLEDだ。
OLEDディスプレイの量産では、ファインメタルマスク(FMM)を用いた有機材料の蒸着方式が主流だが、eLEAPではFMMをまったく使用せずに、マスクレスで有機材料を基板上に蒸着させ、フォトリソ方式でOLED画素を生成することができる。発光領域は、従来のFMM方式によるOLEDと比較して2倍以上となる60%にまで高められ、JDI独自のバックプレーン技術であるHMOと組み合わせることで、OLEDディスプレイの弱点であったピーク輝度や寿命、消費電力を飛躍的に向上できるという。
また、FMM方式においては、メタルマスク使用による制約から異形状デザインが困難であったが、この課題を解決。さらに、800ppiを超える高精細化や、ディスプレイサイズの大型化も実現できる。
加えて、FMM方式では、蒸着工程の材料使用効率が低く、生産時にFMMに付着した有機材料を洗浄するために別の有機材料を必要とし、大量の有機材料の廃棄ロスが発生していた。eLEAPは、FMMを使用しないため、有機材料の使用量が大幅に抑制され、CO2排出量を大幅に削減でき、ランニングコストの低減にもつながる。
キャロン会長兼CEOは、「従来商品に比べて、輝度が5倍になり、太陽光の下でも見やすい。また、軽量化や低消費電力化、柔軟性に加えて、低コストで生産でき、量産にも適している」と語り、「とくに、寿命を3倍に伸ばすことができる点は大きな差別化になる。OLEDは、寿命が短いため、3年程度で買い替えるスマホでは半分ぐらいで採用されていても、長期間に渡って使用する車載には向いておらず、採用率はわずか1%程度に留まっていた。eLEAPは耐久性の観点から、車載市場にも採用される技術として関心が高まっている」と語る。
そして、JOLEDの支援を決定したことにより、約100人のトップエンジニアを獲得し、「世界初や世界一となる次世代OLED技術の開発を加速できる」とも語る。
eLEAP は2022年8月にサンプル出荷を開始し、2023年2月には最初の受注を獲得している。現在、複数社とライセンスの協議を行っているところであり、2024年には量産を開始する予定だ。
低収益事業からの撤退
こうした独自技術にフォーカスする一方で、低収益事業からの撤退も推進している。
キャロン会長兼CEOは、「大きな課題は、コモディティ化された商品が中心の事業モデルになっている点である。JDIの独自価値を示すことができない分野や、赤字商品、薄利商品からは撤退し、収益性を高めていく」とする。
この対象となるのが、スマホ向けのモバイル分野である。2021年度には売上高の約4割を占めていたモバイル分野は、2022年度には前年比35.7%減の756億円と戦略的に縮小。28%の構成比とした。これを2023年度には192億円にまで縮小し、構成比は7%。そして、2024年度にはゼロにする。
「数年間をかけたお客様との話し合いによって、作りだめや代替サプライヤーの提案などが受け入れられ、ようやく不採算事業を無くすことができる」
その一方で、車載およびノンモバイル(スマートウォッチやVR向け)を成長領域としてリソースを集中。2027年度には、車載事業が1516億円(2022年度実績が1346億円)、ノンモバイル事業が1342億円(同605億円)とし、この2つの事業で2022年度全社実績を超えることになる。この2つの事業が成長戦略の核だ。
世界初、世界一の技術に基づいたエコシステム
METAGROWTH 2026では、もうひとつの挑戦がある。
それは、「独自技術に基づいたディスプレイ産業における新たなエコシステムの構築」である。言い換えれば、世界初、世界一の技術に基づいた安定的な技術関連収入基盤の構築とということになる。
具体的にはどんなものか。
これまでのように、自前の生産拠点に投資をするのではなく、他社資本による生産拠点での量産を行い、JDIは独自技術によって、収益性を高めるという構図だ。「CPUでいえば、Armのような構造」とたとえる。
Armは工場を持たないファブレス企業として事業を展開。テクノロジーによって、着実な成長を遂げてきた。ディスプレイの世界にも、これと同じエコシステムを構築しようとしているのだ。
「ディスプレイ産業では、各社が同じような事業戦略を打ち出し、同じようなタイミングで、同じような投資を行い、同じように大赤字になる。これではビジネスが継続しない。JDIはまったく異なる事業モデルによって、顧客価値を創出したい。それは、JDIが強い技術を持っているからこそ可能になる」とする。
JDIは、世界第3位のディスプレイメーカーである中国HKCと戦略的提携を発表した。これも新たなエコシステムの構築につながる。この提携では、両社は共同で、中国国内にeLEAPの生産拠点を建設し、2025年から量産を開始する。
また、インドでは、eLEAP向けの工場建設に関して、具体的な協議を行っていることも明らかにした。
「インドでは、国策としてディスプレイ産業を育成する姿勢を見せており、インド政府やインドの有力企業から、技術支援や共同事業に向けた引き合いが数多くある。だが、その多くは、液晶パネルの生産や、テレビ用大画面パネルの生産に関するものであった。それではJDIの特徴が生かせず、JDIの基本戦略とも合致しない。現在、インドの企業と協議をしているのは、eLEAP向けの工場建設である。これであれば競争力が維持できる」とする。
生産拠点の再編も加速
その一方で、自社の生産拠点の再編も加速している。
2020年10月には石川県の白山工場を売却。2021年12月には台湾のKaohsiung Opto-Electronics、2023年1月には中国のSuzhou JDI Electronicsをそれぞれ売却したほか、2023年3月には愛知県の東浦工場の生産を停止し、2024年4月に売却する予定だ。また、千葉県の茂原工場の生産能力も半減している。すでに年間330億円の固定費削減を実現しているという。
キャロン会長兼CEOは、生産拠点の再編を「攻めの経営」と位置づけ、「JDIは、重工長大の企業から、エンジニアリングカンパニーやテクノロジーカンパニーへとシフトすることを目指している」と語る。
生産拠点の売却や再編は「守り」と捉えられることが多いが、JEDIが目指す新たなビジネスモデルの構築という観点から見れば、キャロン会長兼CEOがいうように「攻め」の一手となる。
2022年2月には、JDIが無借金化し、自己資本比率も55.8%に高まり、財務基盤は一気に強化された。2023年8月には、METAGROWTH 2026の財務目標をアップデートする考えも示している。
JDIは2012年4月に、日立製作所と東芝、ソニーの3社の中小型液晶ディスプレイ事業を統合してスタートした。そして、東芝のディスプレイ事業にはパナソニックが、ソニーのディスプレイ事業にはセイコーエプソンや三洋電機の事業がそれぞれ統合されてきた経緯がある。また、JDIが支援を決定したJOLEDは、2015年にソニーとパナソニックの有機ELディスプレイ事業を統合したスタートしている。このように、JDIは、日本企業によるディスプレイ事業がたどり着いた日の丸連合の姿だ。
「日本の技術を世界のデファクトスタンダードにしたい」と語るキャロン会長兼CEOの意気込みが、現実のものになるか。その取り組みはこれからが本番だ。
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