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January 16, 2026

「経営の神様」にならなかった丹羽宇一郎氏となり損ねた永守重信氏、2人の経営者の"去り際"に透ける決定的な差

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「経営の神様」と聞いて、多くの日本人が松下幸之助氏や稲盛和夫氏を思い浮かべるのは偶然ではない。

両氏に共通する最大の特徴は、思想の普遍性と実践の徹底性である。
経営を利益追求のノウハウと捉えず、人としての生き方や社会への貢献と結びつけて語り、その理念を日々の意思決定に落とし込んだ。

時代や業種を超えて語り継がれるのは、成功体験そのものよりも、誰もが拠り所にできる価値観を提示した点にある。
「経営の神様」になろうとしなかった丹羽氏の訃報に接して思い起こされるのが、社長就任翌年の1999年に断行した、伊藤忠再生を懸けた決断である。
90年代後半、伊藤忠はバブル崩壊後の不良資産を大量に抱え、経営は深刻な局面にあった。業界内では「沈没寸前」とさえささやかれ、問題を先送りする誘惑も強かった。
98年に社長に就任した丹羽氏が最初に取り組んだのは、そうした負の遺産の整理だった。短期的な業績悪化を覚悟のうえで、約4000億円規模の不良資産を一括処理するという厳しい選択に踏み切った。








丹羽氏は、伊藤忠の源流が近江商人にあることを強く意識していた。売り手よし、買い手よし、世間よしという「三方よし」の考え方は、伊藤忠の企業文化の根底に流れるものであり、社会との関係の中で存在する企業であることを強調していた。
トップ自らが責任を引き受け、痛みを引き受ける姿勢は、そうした近江商人の精神を現代の経営に引き寄せる試みでもあった。
この徹底した後始末は、やがて成果を生んだ。翌期、伊藤忠は業績を大きく回復させ、705億円という当時の過去最高純益を記録する。厳しい現実を直視し、逃げずに整理することが、結果として組織の再生につながった。
00年代初頭に「30年度に売上高10兆円」という目標を掲げた(25年6月に断念)永守氏は、「経営者はもっとホラを吹かないといけない。しかし、孫(正義)さんには負ける」と淡々とした口調ながら、茶目っ気をにじませて語っていた。
その一方で、「経営者は小心者でないといけない」という、慎重で謙虚な一面も併せ持っていた。この考え方を形づくる契機となったのが、創業翌年の1974年に直面した倒産危機である。 オイルショックの影響で主要取引先が不渡りを出し、会社は倒産寸前となった。
永守氏は、母親が信仰していた神道系新宗教の1つ、九頭竜大社の教主から「会社は必ず大きくなる、今は耐えろ」という旨の助言を受け、その直後にスリーエムからカセットテープ用小型モーターを大量受注し、瀕死の状態から脱した。
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return_to_forever at 11:33│Comments(0)B_ビジネスモデル | J_日本

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